中国の武漢から発生した新型コロナウイルスの感染拡大で、PCR検査という言葉はとても有名になりました。でも、PCR検査とは、いったい何を調べる検査なのかご存じでしょうか。
ねこも人間も地球上の生物はすべて、DNAまたはRNAという物質を細胞の中に持っていて、そのうちの一部を遺伝子として使っています。DNAもRNAも、塩基と呼ばれる成分がいくつも並んだとても長い分子です。塩基は4種類あって、それがどんな順番に並んでいるかは生物の種類によってそれぞれ違うので、塩基の並び方(塩基配列)がわかれば、そのDNA(またはRNA)がどの生物のものなのかがわかります。
PCR法とは、機械で検出できないくらい微量のDNAを大幅に増やして(「増幅」といいます)、検出できるようにする技術です。検出できるようになったDNAを調べて、目的の生物(いまの場合は新型コロナウイルス)のものかどうかを検査します。
PCRの仕組みを知る前に、DNAについて、もう少し詳しくみてみましょう。
DNAの構造は、二重らせんと呼ばれます。これは、4種類の塩基が並んだ2本の鎖が、お互いに絡まりあってらせん階段のような形をしているからです。
DNAを構成している4種類の塩基には、アデニン、チミン、グアニン、シトシンという名前がついていて、それぞれA、T、G、Cの記号で表されます。これらは互いにペアになる相手が決まっていて、アデニンはチミンと、グアニンはシトシンとくっつくようになっています。たとえば、一方の鎖にアデニンがあれば、その隣に来るもう片方の鎖の塩基はチミンというように、それぞれのペアが引き合う力で二本の鎖がくっついて、二重らせんを形作っているのです。くっつく相手が決まっているので、片方の鎖は、もう一方の鎖を作るときの型になることができます。お互いに補い合えるという意味で、相補的であると言います。
では、PCR法ではどのようにDNAを増やすのでしょうか。
前提として、特定する生物(ウイルス※)の塩基配列がわかっていないといけません。PCRでは、検査したい試料の中に、目的の生物と同じ配列のDNAがあれば、その部分を合成して増やします。
(※正確には、ウイルスは生物ではないと言われています。)
用意するのは、検査したい試料から抽出したDNAと、次の3つの試薬です。
・プライマー…増やしたいDNAの部分の端っこにくっついて、DNA合成のスタート地点となる、人工的に作った短い(20~30塩基)DNAです。
・ばらばらの塩基(※)…合成に使うDNAの部品です。(※ 正確には、ヌクレオチドという物質で、塩基はヌクレオチドの構成部分です。)
・DNAポリメラーゼ…DNAの合成に必要な酵素です。
これらを合わせた反応溶液の温度を上げたり下げたりすることで、DNAを合成して増幅します。PCR法には次の三つのステップがあります。
①温度を90度以上の高温(94度~98度)にすることによって、アデニンとチミン、グアニンとシトシンのペアが切り離され、2本鎖だったDNAが1本ずつに分かれます。(熱変性)
②次に、温度を45度から65度に下げると、1本鎖になったDNAの増幅したい部分に、プライマーがくっつきます。(アニーリング)
③再び温度を約72度まで上げます。すると、プライマーを出発点として、DNAの合成が始まります。もとの一本鎖DNAの塩基配列と正しいペアになるように、DNAポリメラーゼが溶液中に散らばっているばらばらの塩基をつなげていき、新しい二本鎖DNAができます。(伸長反応)
こうして、一回のサイクルで、もとのDNAが2倍になりました。このサイクルを30回から40回繰り返すことによって、DNAは倍々に増え、数時間で10億コピーにもなります。すなわち、PCRとは、ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)の略なのです。この温度の上げ下げを自動的に制御してくれるのは、サーマルサイクラーという機械です。
さて、コロナウイルスの遺伝子はRNAですので、PCRで増やすためには、いったんRNAからDNAに変換しなければなりません。RNAを構成する塩基は、アデニン(A)、ウラシル(U)、グアニン(G)、シトシン(C)で、DNAのチミンの代わりにウラシルという塩基が入っていますが、ウラシルはチミンと同じようにアデニンとペアを組むことができるので、このRNAを型にしてDNAを作ってから、PCRで増やすことができます。
また、「リアルタイムPCR」という方法では、DNAが増幅すると光を発する試薬を使うので、DNAがどのくらい増幅されたのかをすぐに知ることができます。十分な強さの光が発せられたなら、それだけたくさんDNAが増えたということです。すなわち、ウイルスの遺伝子が試料中にあったということなので、陽性と判定できます。
このように、PCRは簡単な操作でDNAを指数関数的に増やすことのできる優れた技術で、生物学をはじめ様々な分野で重要な役割を果たしていますが、新型コロナウイルスのPCR検査の精度は100%ではありません。たとえば、検体をとった場所にたまたまウイルスが少なかったり、感染してからの時間が短くてまだウイルスがあまり増えていなかった場合は、PCRで検知できるだけのDNAが含まれていないので、陰性の判定が出てしまいます。また、ウイルスそのものの存在を検査するのではないので、実際に感染力のある生きたウイルスではなく、ウイルスの死骸やウイルスの遺伝子のかけらが入っていた場合にも、陽性になることがあります。陰性判定が出ても、油断することなく感染予防に努めることが必要です。
